ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第45回 『昇給圧力(3)』
前回=1月25日号掲載=の記事にて「Pay Transparency Act(賃金透明法)を施行する州では求人募集要項に報酬内容の記載を義務付けたことから企業間の応募者数の多寡がはっきり現れることになる」と締めくくりました。つまり人気ポジションか不人気ポジションかを求職者がきっちり線引きしてしまう為、これまで以上に不人気ポジションへの昇給圧力が高まるだろうことを説いたのでした。
即ち、これまでの求人情報あるいは募集情報だと例えば「給与は4万ドルから7万ドルの間で経験と能力次第」などと給与レンジをあまりに広くざっくり書くか或いは敢えて給与額を無記載にしたあと面接時に報酬額を決めていたのが今後はそうはいかなくなるということです。また給与額に同じくボーナスやインセンティブおよびベネフィットなど追加報酬や福利厚生も「出るか出ないかは業績次第・本人のやる気次第」などの曖昧な売り文句も慎まねばならなくなってきたということです。ならば人材紹介会社を通して募集すれば良いかと考えるでしょうが、そのような第三者を介した募集に際しても同法は適用対象になります。
同法の細かなルールや適用範囲は会社規模や地域により異なりはしますが本年初めからイリノイ州とミネソタ州も加わって既に多くの州(および幾つかの自治体)が施行しており、また別の数州も本年後半からの施行開始を検討する中、この米国全域での賃金透明法導入の動きは止まらないものと考えます。
同法はまた外に向けての求人募集に限らず社内にも影響を及ぼします。何故なら社外募集に限らずジョブポスティングと呼ばれる社内募集時にも給与額を開示しなければならないとする州が多いからであり、特筆すべきはカリフォルニア州の「募集時に限らず従業員が自身のレンジを問い合わせてきた場合も開示する必要あり」と個々の従業員向けに給与レンジの開示義務すら課している点です。
但し悲観することはありません。自社内で予め「魅力的な」給与額を確立しておけばよく、しかし一方で出張経費や諸経費を抑え過ぎるなどして従業員のやる気を削がないようにも努めねばなりません。もし他と比べて遜色ない報酬を提供するのが難しいなら、他社にはない別の有用なところをアピールしましょう。つまりはこれを機に、たとえ小規模の会社であろうとこの昇給圧力問題に適切な施策を打ち、会社自体を魅力的に思わせるよう転換させるべき時期なのです。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第44回 『昇給圧力(2)』
このコラムをご覧の皆さま、遅れ馳せながら本年もどうか宜しくお願い致します。皆さまにおかれましては人事・雇用問題に関して大過なき1年となりますよう謹んでお祈り申し上げます。
本筋に入りますが前回=12月21日号掲載=の記事では「公正労働基準法の Salary Testおよび諸州のMinimum wageの独自引き上げが昇給圧力の二大要因の一つ」と説きました。そして今回は昇給圧力のもう一つの大要因と考えるPay Transparency Actについての序説を述べたいと思います。
米国の現在の景気と今後の動向に絡んで、米労働統計局が1月15日に発表したところによれば、昨年12月の消費者物価指数は9月・10月・11月の3カ月間より高く前年比2.9%(季節調整前)であり、尚且つこれら4カ月は連続で前年比(2023年)を上回ったようです。勿論この数値は2021~22年のインフレ急騰時から比べれば低くはあるものの依然として労働者に大きな影響を与えており、1000人超の国内労働者を対象にした昨年末実施の満足度調査によれば43%が「インフレが個人の財務状況に極度に或いは重大な影響を及ぼしている」と回答(前者が18%・後者が25%)。逆に個人の財務状況に影響なしは僅か5%だったとのこと。つまり仮にこの年末年始中に昇給があったとしても労働者の大半が物価高騰に追い付けるほど給金を得ていない状況下にあるということです。
ところで物価が上がれば係るビジネス経費も高くなるは必定。米国税庁は今年の標準マイレージレートを3セント引き上げて1マイルあたり70セントと発表。これは多くの企業が採用している業務遂行に際して私有車を用いた場合に走行距離分を経費名目で従業員に払い戻す方法の一つなのですが、かつては数年に一度の間隔で上がっていた同レートがここ数年は毎年上がっており、加えて国内出張に限ってみても従業員に支払う食費や宿泊代など日当の方も右肩上がりに跳ね上がっています。
求人数の方は12月の新規雇用数が25万6000件にも達し6カ月ぶりの高水準だったことから同月の失業率は4.1%にまで落ちました。それに仕事を辞める人が減ったことも相まって退職者数はパンデミック時のピーク以来最低にまで下がった由。先月(昨年末)がこのような数値だったことから2025年の雇用(数)については今のところ楽観的にみられています。
そんなビジネス経費が跳ね上がり且つ雇用が楽観視される中、件のPay Transparency Act施行済み州および施行し始める州では企業が出す求人募集要項に記載される給与額次第で応募数の多寡がはっきりします。オファーする給与額如何で企業の採用が極端に左右されることから、これまで低めの給料・低めの経費で賄ってきた企業にとって同法がかなりの昇給圧力になるどころかいよいよ人手不足に陥ることを覚悟しなければならなくなるでしょう。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第43回 『昇給圧力(1)』
前々回=10月26日号掲載=の記事で「昇給圧力の要因は今年に限ればFLSA Salary TestやPay Transparency Actが強く作用している」と説き、前回=11月23日号掲載=の記事にてその根拠を解説する予定が景気動向に紙面を割き過ぎたことから今号へと先延ばししました。
一つ目のFLSA Salary Testとは、FLSA(公正労働基準法)上で残業代支払い対象となるNon-exempt従業員と片や残業代支払いを免れるExempt従業員を分けるためのチェック項目のうちの一つであり、即ちExempt従業員たるに支払われるべき給与額最低値を定めた境界ラインを指します。私がこれを昇給圧力の要因に挙げた理由は今春にこの最低値を米労働省が一挙に引き上げる行為に出たからです。この計画は第1弾として今年7月と来年1月の2段階式に引き上げられるもので、既に1段階目の7月の引き上げを済ませ2段階目となる来年1月の引き上げ要求を見据え各社が再び給与調整を行おうとしていたのが今年末のまさに今なのです。(ちなみに第2弾は以後3年毎に引き上げていく予定下にありました)
ところがそこに飛び込んで来たのがテキサス州東部地区連邦地方裁判所をして米労働省のFLSA給与基準値引上げ要求そのものを無効とする11月15日の判決結果のニュースで、来年1月時はおろか今年7月時の引き上げまでも無効化するものでした。それ故あちこちの会社でただいま混乱が起きています。謂わば7月時に続いて引き上げられる筈の次の給与基準値に迄また給料が上がると見込んでいた従業員たちをして落胆せしめたからであり、対する雇用主側も「そんな予定はなかった」と今更とぼけることすら出来ずにいる為です。
この無効化のニュースは前回の11月23日号掲載のコラムを送稿した直後に発表されたことから私自身も驚かされましたが、但し過去これまでにもSalary Testの引き上げ要求は何度となく俎上に上がっており、今回無効化されたとはいえ昇給圧力の一つとして今後も強く作用していくことに変わりありません。
加えて連邦のMinimum wageの上昇を待てず引き上げを独自に行って来ている東西両海岸をはじめとする諸州では今や最低賃金額が15ドル前後にまでなり、対する連邦政府の定める7.25ドルに依然として倣っている諸州との間で給与額で二極化が起きており、連邦法であるFLSA給与基準値引上げ要求の無効化がこれに拍車をかけるかもしれません。
生活費を考慮するにせよ、この流れは先の大統領選挙で起きた国を二分化させた動きにも類しますが、来年早々から共和党トランプ政権になることでこの昇給トレンドや給与格差が少しは収まるのか、はたまたより上昇を続けるのか、如何なる方向に展開するかは暫く様子見するより他ありません。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第42回 『人余りの始まり(4)』
前回=10月26日号掲載=の記事にて「現在の昇給圧力には最近はじまったFLSA Salary Test やPay Transparency Actが強く作用しており、在米日系企業の間でもいよいよ愁眉の問題となってきた」と締めくくりました。
ここ数年の大退職時代と言われる動きが既に一段落したであろうことは皆さんも同じように思われた筈で、これは雇用指標調査の主軸である募集数・採用数・退職数全ての数字が下がって来た統計結果でも明らかであり、つまり人々は今の仕事を辞めて転職するリスクを取らなくなった…もちろん毎年この時期から始まるホリディーシーズン期間中は就職退職/転職活動の動きが鈍くなることを差し引いてみても…ということです。
翻って、仕事を探している人の割合は依然として高く且つ失業率も上がって来ています。これは自主退社や解雇レイオフによるものではなく、家庭事情および復学やリカレント教育の目的のほかワークライフバランスなど何らかの理由により暫くのあいだ就労していなかった人々が新たにまたは再び仕事に復帰しようと試みるも職を見つけるのに苦労していることに因るものとされています。そしてこの中にはアルバイトではない初めて正社員職を求め奔走する新卒者グループもが加わります。
働き盛りの25~44歳の壮年層に限っていえば労働参加率が就労可能人口比で83・8%(2023年時)と実に20年前レベルの83%越えにまで戻って来ました。即ち、求職者数は多いものの前述の募集数・採用数・退職数が下がっているため働く先を見つけられずにおり、それが失業率に反映されているのが実態のようです。(注:失業率は求職活動を行いながら失業保険を申請受給した人数と総雇用数との比率で測られます)
ところで本来なら仕事を探す人が増えれば買手市場となり企業側が出す給料レベルもそんなに上げなくて良い筈。事実、大手コンサルティング会社が発表する今年の市場平均昇給率は一昨年時よりも昨年時よりも下回りました。
ところがそんな労働市場に対し、FLSA Salary Test見直しやPay Transparency Actが各地で施行され始めたことから、需給関係とは別に新法や規制に沿うべく企業側は引き上げざるを得なくなった…労働者達に言わせれば生活費の上昇に追付きはしないものの漸く少しだけ給与額が引き上げられた…との背景があり、件の昇給圧力と因果関係については今回述べる予定でいたものの文字数の都合により次回に回すことに致します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第41回 『人余りの始まり(3)』
前回=9月28日号掲載=の記事にて「例年通りであれば夏は年末商戦を見据え製造業は増産体制となり物流も活発になり加えて小売業や外食産業も雇用を増やす時期に入ると捉えられているにもかかわらず7月の雇用増加数が直近の3カ月に比べて極端に下がったのに続き8月の雇用増加数すらも予想を下回った」と書きました。
ところがここに来て9月の新規雇用数が予想を上回る25万4000件だった報告がなされ加えて7月8月合わせた雇用数も実際は7万2000件多かったと上方修正…それでも雇用増とは言い難い…がされました。このような事象はこの時期特有の新卒者採用と重なるほかにホリデーシーズンに向けた各社の雇用増計画がようやく数値に現れ始めたものとも言えるでしょう。
尚、雇用増の内訳としてレジャーおよびホスピタリティ部門(レストラン、旅行、スポーツ関連)は年初の低迷から抜きん出て雇用が急増し景気を押し上げる好ましい要因にはなったものの、対する製造関連は直近3カ月間で9300人の雇用が失われるなど引き続き減っており、このブルーカラーワーカーの雇用減状態が消極的事実として景気の先行きを不安視させています。またパンデミックが終わったことから医療従事者の新規雇用の方も鈍化しました。
あと、民間企業の全米平均給与値でいうと、今年6月時点で時給が昨年比1・93ドル上昇、即ちここ1年で週給だと77ドル前後、年俸だと4000ドル前後上がったことになりますが、日本でも労働組合や野党の圧力もあり前首相が最低賃金を2030年代半ばまでに1500円に引き上げる目標を掲げたところ、その給与額ではとても賄いきれないと悲鳴を上げる中小企業を中心に雇用が縮小するといわれており、翻って米国の方でも或る米エコノミストが「1年以上の減速の後でも労働市場は良好で雇用者需要と労働者供給の持続可能なバランスを維持しながら幅広い雇用増加と大幅な賃金上昇をもたらしている」と広言するも、現在のように年間を通じて全体的に雇用が減速し続けている中でのこの「昇給圧力」の傾向は雇用減や景気減に働くものとして危惧されます。
ところでこの昇給圧力の背景あるいは理由は、人手不足は言わずもがな、その他にも過去に取り上げたPay Transparency ActやFLSA Salary Testが強く作用しているからだと思います。どちらの法律も前々から囁かれたものでありつつ、ここに来て日系企業の皆さんの愁眉の問題となってきたことが果たして昇給圧力と如何な因果関係にあるかは次回から述べたく予定します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第40回 『人余りの始まり(2)』
前回=8月24日号掲載=そして今回のコラムを見られた方はさぞかし「うむっ?」と訝ったことでしょう。長らく用いてきている横の見出し「人手不足」を変えることなく縦の見出しを「人余りの始まり」としている矛盾に対してです。
これには理由があって、実際に業種・職種によってはまだまだ人材不足のところが多いですし、今後はますます継続して人手が不足する職種と人余りまたは人力が不要になっていく職種とで明確に線引きがなされていくでしょうが、例年通りであれば年末商戦に向けて夏以降に製造業なら国内でも増産に着手し、物流が活発になり、小売業および外食産業も雇用を増やす頃合いと考えられる時期にもかかわらず、7月の(非農業部門の)雇用増加数は11万4000人で過去3カ月に比べて極端に下がったのに続き8月の雇用増加数すらも予想を下回って14万2000人と芳しい数字ではなかった様子。これは8月の失業率が7月の4.3%に続いて4.2%とわりかし高い数値だったことからも窺えます。
それと驚くべきことに9月3日「米国の雇用増加数 80万件以上 低減」との見出しで米労働統計局より出されたのが、「昨年4月から今年3月までの12カ月を再集計したところ当局がこれまでに報告した雇用数合計よりも81万8000件少なかった」との発表でした。月平均に換算すれば実に毎月6万8000件強も下方修正されたことになります。つまり「大退職時代」や「活発な転職活動」と労働者転職者がもてはやされていたにもかかわらず、昨春以来の米国の雇用増加数は思ったほど多くはなく、また今後の雇用の勢い自体も鈍化していることが明らかになった証とも言えますが、けだしこのことは実際の統計結果を待たずとも既に大勢が肌で感じておられることでしょう。
加えて物価上昇率の方も、「7月が前年比2.9%、この数値は2021年以来初めて3%を下回った」と前回で書いた矢先に8月は2.5%までに下がりました。見方を変えれば落ち着いたとも言えます。しかしながら今夏の米国は物価が高止まりしているとはいえインフレ率が鈍化したゆえに連れて賃金もが労働者が期待するほどに上がらなければ雇用市場は魅力的には映りません。言い換えれば強気で職探しをしていた労働者たち(人材ともいう)が願うほどの高給の職にありつけない事態とも言えますが、対する雇用主側は労働市場が冷え込んできているのを直感的に感じ取り、社員たちは転職しない筈と安心して大半の従業員の賃金の上げ幅を今年は穏やかなものにする筈です。こqれはここ数年で上げ過ぎた(と雇用側が思っている)給与額をこの機に抑制することで適正な給与値に戻し安定した経営をしたい思いからでしょう。
以上、人手不足・人余りに二分化していくことが、相対する見出しを掲げた由であります。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第39回 『人余りの始まり(1)』
当コラムを読まれる皆さん方も既に色々な媒体で目にしたことと思いますが、米労働統計局から出された先月の雇用関連統計数値や先行指標に基づき、報道機関各社が8月初めに相次いで今秋以後の景気予測を行いました。
その中の雇用に関係した7月の統計結果は、失業率が4.3%、非農業部門の雇用数が前月比11万4000人増、物価上昇率が対前年同月比2・9%でした。
ちなみに4月・5月・6月の失業率はそれぞれ3.9%・4.0%・4.1%と推移して来て7月時に4.3%と上げ幅を大きくし、かたや4月・5月・6月の非農業部門の雇用増加数は前月比17万5000人・27万2000人・20万6000人と上下動しつつ7月には11万4000人と極端に下がってしまった由。
尚、4月時の17万5000人増との結果には「過去6カ月間で最低の雇用増加数を記録した」との注釈が添えられており、他方で、7月の雇用増加数も4月の実績に同じ17万5000人と予測していたのがそれを6万人以上も下回ってしまった事実をエコノミスト達は相当深刻に受け止めているようです。
あと、前月の当コラム=7月27日号掲載=にて「鈍化傾向が確定しつつあり、経済が少しずつパンデミック前の状態に戻っていく」と書いたものの、他に同じく7月の物価上昇率の結果は予測値の3.0%より低い2.9%で、これが2021年以来初の3%を下回ったことと相まって、今日では鈍化を超え景気後退を恐れる雰囲気が米国全体を覆い始めて来ています。
とにかく景気動向を予測するのに用いられるファクターの中の失業率や雇用増加数いずれの7月の数値もが予想に反するかまたは予測値まで達していないことから、各ニュースはこれらの動きをFRBが9月に利下げに動く可能性と絡めて報じたところが大半でした。
しかしながら、そもそも幾多の雇用を生み出した大手製造業種が全盛を誇ったかつての時代とは打って変わり現在の米国はそれほど雇用を生まないIT産業やIT関連業種が勃興し、況してやそこにAI(人工知能)技術までもが導入され始めれば以後は多くの職種が消失し、とりわけ米国をはじめとする先進国の雇用総数に多大な影響を及ぼすこと必至。
但しそこまで先読みせずとも「現従業員の転職熱が冷め、会社も従業員を補充せず、インターンシップ採用数(新卒枠)すら減っている」との現状を前月の当コラムでも書きましたが、不況期の如き「職に就けるだけ有難い」と皆が考えるようになる時代がもうそこまで来ているかもしれず、さすれば当コラムのサブタイトル「人手不足」は「人余り」あるいは「人員過剰」に置き換えられることになるでしょう。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第38回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(9)』
毎月1回ずつ掲載する当コラムにてここ数カ月間は、犯しがちな同一賃金法に違反しない為には正式に給与制度を設けることが重要であり、設ける給与制度に従業員の職務遂行能力要素を付加するなら前提として人事考課システムを確立する必要があり、考課システムを確立するなら大前提としてジョブディスクリプションを備えることが必要である旨を繰り返しお伝えしてきました。
順序を変えて説くなら、能力向上度合いや職務達成度合いを正しく測るための「基準値」が備わっていなければ職務遂行能力を査定しようがないため、要点となる職務内容や責任範囲など評価要素を綴ったジョブディスクリプションが必要になりますし、各従業員の給与額や昇給率を「統一算定フォーミュラ(計算式)」なしに決めれば恣意的で根拠のない一貫性を欠くプロセスだと問題視されることになり、更には上司による差別行為があったのではとの疑惑を持たれることにもなりかねない為、人事考課システムが必要になるということです。
但しいくら万全に思える一連の人事制度を作ろうとも部下の能力を評価し給与額を決める立場の上司が好き嫌いやえこひいきで採点するようでは元の木阿弥…それどころか会社の立場を危うくすらしかねません。そのため一連の制度を設けたからと安堵するのではなく、査定者側つまり上司の立場にある者がそれら主観的基準を排し部下を客観的且つ真っ当に評価できるよう毎年の如くトレーニングする必要性も生じるわけです。
ところで話は変わり、インフレ率の6月の対前年比が3%と出ました。5月の3.3%と合わせて鈍化傾向が確定しつつあり、経済が少しずつパンデミック前の状態に戻っています。また転職率が減速している中、対する夏季の求人数も過去2年間で大幅に減少し、とりわけインターンシップ数すなわち新卒枠に繋がる求人数の悪化は顕著とのこと。
これは私が最前より申し上げているように、現従業員の転職熱が冷めるに連れて会社は代わりの従業員補充の募集活動を徐々に減らしてきていることから労働市場の方もまた2019年時の如き安定状態に向かっている証とも言えますが、但し依然として労働市場がひっ迫していることに変わりはないため、ここでSHRM研究員が現在の米国雇用事情について大切なことに触れています。
曰く「多くの会社は高インフレに対応するべく過去数年間に亘って従業員の給与額やベネフィット内容を大きく引き上げてきたが、このような方針を見直す(転換させる)にはまだ時期尚早である可能性が高い」、「インフレが再び上昇し始めるかどうかについても依然として不確実性が大きく、下降傾向がもう1カ月続いたとしても給与や総報酬戦略の変更を開始する時期ではないかもしれない」。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第37回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(8)』
前回=5月25日号掲載=のコラムでは、自社にて公平で一貫性ある給与制度を確立し、その制度を従業員たちに等しく適用し続けていけばThe Equal Pay Act違反を免れられるであろうこと。また制度確立に付随してルールを書面化しておくことつまりは当該制度が決してその場しのぎではないことの証を立てるべきだと説きました。
給与決定システムを構築するに当たり、前回の記事で例として取り上げたのが一部で旧弊の如く扱われる「(いわゆる)年功序列」システム。しかしながら法的リスクの回避を考えるなら差別行為の入る余地なく機能する立派システムだといえます。
但し同システムは総じて給与の「一律引き上げ」行為でしかなく、各々の従業員の職務遂行能力あるいは実績や結果を反映させていないため能力ある優秀な従業員たちが居残って働き続けてくれるか大いに疑わしい、況してや大抵の会社が能力主義を採用する米国…とりわけ物価も給与額も高い値で推移している昨今…にてその体制を維持できるかが不安なところです。
では給与額決定に各従業員の職務遂行実績を反映させるか加味したいなら、給与制度構築以前にそれらを正当に測り得る人事考課システムが必要になり、その人事考課システムを構築するなら職務内容や責任範囲を正確且つ詳細に綴ったジョブディスクリプションが必要になるというわけです。
如何なる基準に則って考課するのかの「基」がなければ考課しようがないですし、ジョブディスクリプションなくして考課を行えばそれこそが上司をして個人的意思が働くThe Equal Pay Act違反の元凶ともされてしまうためジョブディスクリプションもまた予めの書面化が必須になります。
ところで話は変わり、ここ最近の米国労働統計局の雇用報告をみるに4月の求人数は過去6カ月の傾向に同じく減っており、オンライン求人広告数の減少傾向とも相まって雇用市場が冷え込んできた証左だと人事業界では捉えていたのが5月は逆に予想をはるかに上回る27万強の新規雇用があった由。他方でその5月は新規雇用が増大したにもかかわらず同月最終週には新たに23万人弱が失業保険を申請して失業率が4%にまで上がったようでまだまだ先読みできない事態となっています。
今夏今秋そして今冬が如何なる状況になってしまうかはわからないものの求人数と離職率を調査するJOLT報告書が出す結果から言える事実は、ここ数年に亘って過去最高数だった離職者数が着実に減少し、ここ半年ほどの離職率と雇用率はほぼ横ばいとなっていること。そして「このパターンが続けば依然として逼迫している米国労働市場は需要と離職率が安定して均衡に向かうであろうこと。つまりは長らくこのコラムのサブタイトルであった「人手不足」の冠を外す時が近づいてきたといえることです。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第36回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(7)』
前回=4月27日号掲載=のコラムの末尾で、The Equal Pay Act違反と問われぬよう雇用主は「年功序列システム・メトリックシステムなど正式に定めた制度の下で各従業員の給与調整を行っており、性別によって給与額を決めていないことを証明する必要がある」と書きました。では証明するには如何なることをするべきか? それには先ずは後出しじゃんけんとみられぬよう前もってルール、制度及びシステムを確立し書面化しておくことが唯一の方法となります。
雇用主(企業)が取り組むべき第一歩は「ルールの書面化」、即ち各々の従業員の給与が最終的に何故その額になったのかを論理的に説明できる制度の構築が必要だということ。理由は(元)従業員から問題提起または訴えを起こされた際に管理職者が自身の頭の中にあるルールを説いてみたところで証を立てられるわけもなく証言は妥当性を欠き、結局は恣意的に給与額が決められたとみなされるからです。
ここ迄で書面化の重要性を理解されたなら次に移りますが、性別によって給与額を決めていないことを証明する必要性において、「えっ! 年功序列システムでも良いのか?」と感じられた方もおられるでしょう、答えはイエス。
(いわゆる)年功序列システムは自社での勤務年数に応じて給与額を上げていく昇給制度を指し、卑近な例だと、毎年給与額を全員一律に引き上げていくや、毎年付与するボーナス額を一律上げていくなどがあります。要は給与額決定の過程に性別あるいはその他の差別的行為が入る余地がないことを証明できれば良いわけです。(但し年功序列システムを採用した企業に優秀な従業員が不満なく居続けてくれるかどうかについては言わずもがなです…。)
ところで「差別行為があったかどうか」が裁判で認められるにはDisparate TreatmentとDisparate Impactのいずれかまたはどちらもがあったかどうかが問われます。前者は「(不公平で)異質な扱い」、後者は「(不公平で)異質な影響を与えた」を指しますが、これを上述の年功序列システムに当てはめてみるなら、全対象者に等しく適用していれば、異質な扱いはなく、また勤続年数が増していく過程で同じ従業員区分の誰かに異質な影響を与えてもいないため、そこに禁止された理由による差別を意図するものが入っていない限りは差別に当たらないことになります。