ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第35回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(6)』
昨年末より当コラムでは、1963年に法制化されたThe Equal Pay Act(同一賃金法とも賃金平等法ともいう)を繰り返し取り上げてきました。同法を知ることこそが自社の人手不足を解く鍵となり且つまた最新の米国雇用事情を知るには避けて通れない課題だからです。そして同法は雇用全体の根幹と言って差し支えない重要事項であることからも今回は更に詳しく取り上げることとします。
当時は男女間での給与格差が著しかったため性差別行為を阻止するべく同法が成立した所以であるも、同法が半世紀前に施行されたにもかかわらず今に至ってなお解消されたとは言い難くそのうえ人種や年齢など別種の差別も絡んできていることから、最近はより一層問題視され始めたと言えるでしょう。
そこで雇用主側に対し、はっきり差別行為であることを理解せしめつつ尚且つ是正して貰うよう分かり易い戒め事として出てきたのが前々回=2月24日号掲載=と前回=3月23日号掲載=のコラムでも紹介した「Salary History Bans─雇用主が求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律(の総称)」および、「Pay Transparency Act─募集するジョブポジションの給与額を前以って公表させる法律(の総称)」なのです。
これらが最近になってなぜ米国各地において施行され始めたのか? それは、今から雇おうとする求職者達のこれまでの給与額を知れば雇う側は当たり前のようにそれに少し上乗せしたオファー額を提示するでしょうし、そうなれば低額の者と高額を得ている者の間で給与額が益々開いていってしまうことになります。そこで出だしから給与格差が生まれるのを防ぐため雇用主側に対し、求職者に向けて得ている(いた)給与額を問うことを禁じ、更には募集中のジョブポジションの給与額(枠)を前以って公表させるようにも強いたのです。
では、「採用時の注意点はわかった。ならば採用した後はどうか?」と問われれば、同じ職務に就いても各人の職務遂行能力に差が生じることによって従業員達の給与額に開きが出てくることはどの企業にも起こり得ますが、冒頭で取り上げたThe Equal Pay Actでは、これまで同じ就労内容・同じスキルにて・同じ責任範囲であるポジションの従業員のみが賃金の不均等についてのクレームを行うことが可能でした。ところが連邦法のThe Equal Pay Actとは別にカリフォルニア州においてCalifornia Fair Pay Actという独自に進化してきた州法が改正されたことにより、2016年1月以降は、類似の雇用条件下で類似の就労内容であればクレームを行うことができるようになり、更に同法に基づくクレームに対して、雇用主は年功序列・メトリックシステムなど公式に定めた制度の下で各従業員の給与の調整を行っており、性別によって調整を行っていないことを証明する必要が生じたのでした。次回に続く。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第34回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(5)』
前回2月24日号掲載の当コラムでは「人手不足」を解く鍵であるThe Equal Pay Actに注目。同法から派生した或いは同法の精神に基づいて法制化されたSalary History BansおよびPay Transparency Actを紹介し、合わせて前者は「雇用主に対し求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律」であり、後者は「雇用主に対し募集する仕事の給与額を前以って公表させる法律」だとお伝えしました。
お察しされるが如く、応募してきた者に対し「以前に働いていたところでいくら給料を得ていたか?」「現雇用先企業でもらっている給料額は?」と訊ね今から雇おうとする募集元企業が求職者の貰っている額を知れば、雇う方は自ずとそれに少し上乗せした額を先ずは提示することでしょう。そして低額の求職者には現給与額に少し上乗せした低額を、高額を得ていた求職者には現給与額に少なくない金額を上乗せした高額をオファーしていくことで給与額がますます開いていってしまうことになりますが、この事こそがこれまで半世紀に亘って繰り返されてきた問題行為だと捉えられているのです。そしてそれ故に雇う側には予め給与額を開示させ、求職者に対しては現給与額を含めた給与履歴を問うことを禁じるようになってきたのです。
翻って、採用後に同じ(または類似の)職務に就きつつも各々の職務遂行能力度合いに差が生まれ、そこから従業員達の給与額に開きが出てくることは多くの企業で起こり得ます。能力差が理由で彼我の給与額が開いていくことは差別行為とはならないものの、事実が採用時から既に他者より低い額をオファーされての就労開始であれば誰彼にかかわらず働きたいとの意欲が失せるのが必定であり、そして今後は差別行為と見做されることにもなるでしょう。
では雇用主側である企業は如何なる措置を執るべきか或いは講じておくべきか? 簡潔にいえば自社のそれぞれの職務(ジョブポジション)に対し前以って給与額を定めておくこと、つまりは上限値・下限値を備えた給与レンジ…それも誰もがその給与レンジ幅や価格帯を論理的で妥当と考える…を設定しておくことなのです。
その為には自社が持つジョブポジションについては一定間隔で市場給与調査を行い、常に競争力ある自社の給与レンジを確立しておくべきです。ちなみに競争力とは単に金銭的多寡を指すのではなく、それをも含めた上でのいわゆる自社の魅力や売りどころ、それらを知り総合的にみた自社の競争力を把握しておくべきでしょう。そして、その給与値幅や給与帯の設定の根拠および妥当性に自信がありさえするなら募集するジョブポジションの給与値を事前に提示・公表することに不安を持たない筈です。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第33回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(4)』
昨年11月25日号掲載の当コラムにて、1963年にできた連邦法The Equal Pay Actを取り上げました。理由は当コラムの見出し「人手不足」を解く鍵は同法にあり同法を理解することが解決への端緒ともなると考えたからです。
日本語にすると「同一賃金法」とも「給与平等法」とも訳せるでしょうが、先の幾多の戦争で多くの男性が兵役のために職場を離れ、それまで専ら家事を担っていた女性が男性に代わって(外の)労働に大量に加わったものの当時は男性の6~7割程度の賃金(注)しか貰えず、同様の職務に同様の条件下で就く男女間の給与額に著しい格差があることを解消しようとしたことが同法制定の背景にあります。((注)同法成立当時の女性の収入は男性の収入1ドルあたりわずか59セント:出典はCenter of American Progress)
しかしながら、同法成立から60年以上経つにもかかわらずそして所謂DEI(Diversity多様性・Equity公平性・Inclusion包括性)意識が高まる昨今の流れの中にもかかわらず、今以て男女の給与格差はみられ加えて人種別にも給与格差があることから、近年は同法そのものの解釈を拡大したり派生して新法が設けられるなど是正する動きが活発化しています。
同法の精神を受け継いで設けられたものには例えばSalary History BansとPay Transparency Actがあります。これらを簡潔に申せば、応募してきた求職者の給与履歴を訊ねることを禁止する法律、公平性と透明性を高めるべく先んじて自社給与額を公表せよとの法律であり、各地域で法律名は異なるもののこれらの総称といえます。
Salary History Bans、即ち「前社ではいくら給料をもらっていましたか?」「現職での給料額はいくらですか?」と質すことは22の州22の自治体で既に禁止され、そしてこの流れは今年初めのバイデン政権が連邦政府の請負業者にも課す動きなどから今も続いており、そのうち米全土で禁じられる日が来るかもしれません。
対するPay Transparency Actの方は各地によって制約や内容が大きく異なり、従業員50名以上としているところもあれば15名以上や4名以上の企業に課すとする州もあり、人数以外の条件では求職者や従業員から求められた場合のみ(最低および最高の給与範囲と福利厚生を)開示義務が生じる州や募集広告を出す際にpay range(給与枠)を記載することを義務付ける州などがあります。要は後出しじゃんけんとならぬよう募集するポジションの給与枠を予め内外に公表せよというのが核心部分となります。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第32回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(3)』
昨年最後の掲載回となる筈であった12月16日号コラムですが、土壇場で出せず終いになりました。というのも私が常時携行するPCに不具合が起きたためで、書きかけのこのコラム原稿も他の作業中のものも全てが回復不可能となり、「なんてことだ」と嘆くと同時にこのデジタル時代にあって論語「民はこれに由らしむべし」でいうところの私は「IT技術を黙々と使わされ続ける側の市井の者」だと完全に理解もさせられました。とにかく不束であったことをここにお詫びする次第です。
さて、前々回=11月25日号掲載=では「皆さんから見てそれほどの働きをしていない思われる人たちの給与や報酬までもが~中略~上がって行っている」こと、対する「働かざる者食うべからず」と聞かされて育った我々のメンタリティーでは今の事態を容易く承服できないだろうことを以って記事を締めくくりました。
ここ数年に亘り大抵の職の賃金が急激に上がったのは、パンデミックや戦争による供給不足や物流停滞、そこから物価が押し上げられ、コロナ禍で外出することを不安視した人々が生活重視に回帰し大量退職へと至ったこと、或いは1963年にできた連邦法The Equal Pay Actの強化とそれによる人々の意識の変化など複合要因が連鎖し、バタフライ効果の如く人手不足を招くことなったのが理由だと考えます。
但し、世の中の状況が再び別方向に転じているきらいがあります。たとえば昨年10月時にエレクトリカル(電気系)エンジニアの平均給与額だけが全米中で一斉に下がりました。つい最近まで給与額も高ければ人気も高く新卒者の初任給でさえ6桁の額に達するまでになっていたのが何らかの作用が働きブレーキがかかったようです。要は上がり過ぎた給与額に揺り戻しが起きたものと思われます。
それに、EV(電気自動車)への乗り換え需要が高まってきていたのが一段落した…というより人気に陰りが生じた…こともご承知の通りで、レンタカー会社大手ハーツがEVの維持費や修理代に高額の経費が嵩むことから2万台を売却するとのニュースが出たかと思えば、大寒波の襲う中西部一帯でEV充電ステーションで動けなくなった多くの車が映し出され、自動車オーナーたちの「EVに失望寸前」との声が紹介されたとか。それにビッグ3がEV製造工場建設計画の延期を発表したことで各業種の雇用面に影響を及ぼすことも必定でしょう。
あとは本丸の雇用分野についても、最新の統計では昨年より解雇件数が低かったことから1月8日の週の失業保険申請件数が2022年9月以来の低水準となり、これは雇用主たちが新規採用を見合わせてはいるものの現従業員を解雇していない証左であるとか。
以上、前コラムの続きを予定しながらも24年を迎え、新年のご挨拶代わりに最新の動向を知って頂くこととし、今回はこれにて失礼します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第31回 『米国世情と日系企業人事の隔たり(2)』
前々回=9月23日号掲載=および前回=10月28日号掲載=の記事で、転職トレンドが落ち着いてきたにもかかわらず日系企業が他の多くの企業と同じまたはそれ以上に人手不足に陥っているのは、誇れる筈の善良なる企業倫理観や勤勉的メンタリティーを持つが故に逆に空回りしているためではないかと少々踏み込んだ自説を述べました。もとより待遇・勤務環境・上司同僚などの良し悪しや会社または自身の職の将来性などが本筋であることは言わずもがなですが、これら本筋だけが原因ならば日系企業が米国進出以来、今日に至るまでに多くの真っ当な人材が順当に集まって来ていたところから急に今日のような事態に転じたことの説明がつきません。
今のこのような日系企業の空回りトレンドを生んでしまっている根幹は1963年にできた連邦法The Equal Pay Actが案外大本なのかもしれません。同法を訳すなら「同一賃金法」とも「給与平等法」とも呼べますが、成立した背景は先の大戦から朝鮮戦争そしてベトナム戦争と幾多の戦争で多くの男性が職場を離れて兵役に就き、それまで家を守っていた女性が男性に代わり(外の)労働に大量に加わったことにあります。そして、現在ほど差別に厳しくなかった60年代まで女性は男性が貰う賃金の7割程度しか貰えずにおり、それを是正するため同様の職務に同様の条件下で就く男女の間で著しい給与格差があることを違法とする法律を作ろうとなったのが事の経緯です。
では現在はどうなのか? 実は男女間の給与格差はそれほど解消されておらず人種別でもまたかなりの給与格差が存在します。2022年調べでは、米国男性が稼ぐ1ドルにつき米国女性の収入は82セントと出ており、さらに細かく言えば、白人男性比で、黒人女性の収入は70%、ヒスパニック系女性の収入は65%。白人女性の収入は83%、そして唯一アジア人女性だけが93%で白人男性の給与値に最も近かったと出ています。
このような実態の下、連邦政府および州政府それに各地方自治体に至るまでが世の中の動きに連動して格差解消に躍起になっており、次々に出される新たな法律にその思いが強く出ているのですが、それらの大半がThe Equal Pay Actそのものの解釈を拡大したか、派生して設けられたか、あるいは成立精神を受け継いでできたか、ばかりなのです。
尚、給与格差を是正することにおいてはインフレ且つ物価高な現状と相まって給与値を下に合わせるのではなく上に合わせざるを得ないことから、米国自体が成熟した国であるにもかかわらず給与レベルが他の先進国以上の早いスピードで上がっています。肝要なことは、皆さんから見てそれほどの働きをしていないと思われる人たちの給与や報酬がこのような背景により上がって行っている由。これこそが「働かざる者食うべからず」と考える我々と「労働は罰としての苦役」と捉える(のかもしれない)大勢が占める概念との違いと言えるでしょう。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第十五回 『退職・転職トレンドの終焉 (続き5)』
過去2回、6月、8月号の「人事・備忘録」では、企業は「大退職時代」への対抗策として昨年末から今春にかけ新規採用者や現従業員の給料レベルを大きく底上げするも、それが給与額に見合った能力のないことや在宅勤務で手を抜くことを覚え以前の勤務量にまで戻せないなどの問題を皮肉にも露呈させることとなり、企業側の不満が高じて囲い込んだ従業員を辞めさせたいと思い始める逆転現象に(一部)転じたこと、それがため懲戒解雇に関する相談が多く寄せられていることをお伝えしました。そしてその後に「退職・解雇」を取り上げる予定が、大規模人員削減の事例を紹介する前振りが長くなってしまい本題に入れず今号へと至った由。
先ず実情をお伝えしますと、労働統計局発表の数値では6月⇨8月のそれぞれの消費者物価指数/失業率の推移は対前年比4.8%/3.6%⇨3.7%/3.8%と出され、消費者物価指数は落ちたが対する失業率は今春から少しずつ上がり続けており、数値3.8%は今なお低いと言えども8月の失業者数が51万4000人と出た一方で雇用者数が18万7000人いたことで、ある程度相殺された面があります。また企業側は人員削減の主な理由を「来るリセッションに備えて」としており、加えて従業員の職務遂行能力および遂行量に不満を覚える企業が増えだしたという冒頭で触れた現状況を鑑みるに、景気の先行きはかなり不気味といえます。
ここから本題に入ります。企業に勤める従業員が退社(退職)する理由を大別しますと、①自主退社②企業側理由による解雇③従業員側理由による解雇④契約満期による解雇の4点が挙げられます。順に①「自主退社(自主退職)」は言わずと知れた従業員自らが職を辞したいと申し出て退職すること、②「企業側理由による解雇」は売れ行き減や利益損失が出た際、または事業内容を大幅に見直したり事業撤退する際等に伴って特定の職務ポジションがなくなること及びグループ企業への転籍で自社所属の形を解くこと、③「従業員側理由による解雇」は不品行や違法行為などの服務規程違反や能力不足の場合に辞めて貰うこと、④「契約満期による解雇」は期限付き雇用契約を交わし満期を迎えた際に次期更新しないか従業員自身が更新を断って辞めること。これら①〜④の他にも、⑤一定年齢に達しての定年退職や、⑥亡くなられての辞職扱いのケースもあるのですが、これら⑤⑥は①〜④の幾つかに該当するとも該当しないとも言えます。理由は米国では定年退職制度は一部例外が存在するものの、年齢差別と捉えられてしまうためです。
以上それぞれのケースにおける企業側の注意点は次号で詳らかにしていく予定です。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第30回 『米国世情と日系企業人事の隔たり』
前回=9月23日号掲載=の記事では日系企業が人手不足に陥る原因として、彼等が持つ雇用維持方針や勤勉性重視の哲学、言い換えるならそれら企業倫理観はきっと善いにもかかわらず今の米国トレンドからずれてきたのではないかと疑問を呈しました。もちろん以前からそれらの違いは確かに存在したものの、本来なら米国で企業人事を行うことにおいて日本企業に好印象を与える筈がそのような良心が通用せず、その世界観のガラパゴス化が顕著になって来たのではないかと…。
これは何も事の正否や善悪を問うているのではなく、あくまでも人手不足に陥る要因の一つとして提起してみたのであり、善良なる企業倫理観が逆に足枷となってしまうことが米国において一過性なものなのか持続してしまうものなのかは知り得ませんし、それより何より日系企業の倫理観が通用しないなどということ自体を私自らが真っ向否定したいほどです。現に80年代の日本企業米国進出ラッシュ時も今と同じように、「ビジネスの世界はドライであり日本型温情政策は効率重視利益追求の点からみれば管理の足枷となる」と言う者がいたかと思いきや、「いや、家族的経営や良心的経営、労使協調体制はむしろ利益至上主義を上回って結果として良い点を会社にもたらす」と賛美する者が現れるなど真逆の意見が交わされたことがありました。(結局この時は1985年のプラザ合意から円高にそして日本経済がバブル崩壊へと至ったこともあり、米国の経済評論家やエコノミストたちからは憐憫の情からなのかそれとも皮肉を込めた故なのか、「いいとこ取り」の米国型日本型のハイブリッド式人事が良いなど、最後は日本式経営に花を持たせて貰って幕を閉じた感あり)
今はどうでしょう。これまで我々は「勤勉は良いこと」と教えられ事実肌で感じてもきました。が、少なくても日本ではそれに乗っかって企業が従業員に長時間労働を強いてきた…とみなされても仕方ない…面がありますし、上司や同僚が退社しないのに自分だけ先に退社するのは気が引ける類の無言の同調圧力があったことは言わずもがなです。無論ここ米国にも日本のそれよりも遥かに猛烈に働く人は大勢いますが、むしろ日本(人)の尊い勤勉性が米国(人)には効率を落とし利益逸失の要因と捉えられていることは否定できません。
前回号の末尾にて、「次回はこのトレンドを生んでいるダイナミズムを人事的側面から詳らかにしていく」と予告したにもかかわらず今回も前置きに終始してしまいました。次回に続きます。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第29回 『米国の勤労意識と日系企業の哲学のずれ』
ここ数年突出した問題であった企業の人手不足問題解消への一助たらんと前月回=8月26日号掲載=まで16カ月(16回)に亘り「人手不足」をテーマに私なりにアイデアや解決策などを発し続けてきました。おこがましくもこれほど長期に及んだのは皆さんに発信する以外にライフワークの一環として絶えず自問し続けてきた課題でもあった為です。
私が渡米してきたのが三十有余年前、それ以前の日本から出向してきた駐在員や現地日本人ら先達の高潔な振る舞いや道徳観、また善良なる日系企業群のおかげで私自身(実際とは別に)周囲に良く見られたり良くして貰ったりとかなりの恩恵を受けてきました。それ故に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」とかつて言わしめたほどの隆盛、まぁそこまでは行かずとも日系企業にはこれからも引き続き頑張って貰いたいとの想いは強いです。
しかしそんな変わらぬ想いを抱きつつ米国内日系企業のどこを訪ねても最近は総じて人材難で困っておられ、トップの方々から聞こえて来るのは怨嗟に似た嘆き節。もちろん人手不足や良い候補者が見つからないなどの問題は以前もいや古くから連綿とあるものですが、陰に陽に日系企業を応援している身としてここは恩返しする番とばかり今回の人手不足解決に向けた妙案あるいは人事政策あるいは方向性は如何に?と考察し続けたわけです。
しかしそんな中、ふと今日の動きを見るに例えば最新ニュース記事にて「2023年の昇給予算は20年ぶりの高水準、即ち過去20年間で最も高い水準に達した」「雇用主は差し迫った経済不安にもかかわらず給与に関してかなり積極的な姿勢を維持する予定」「米フォード・モーター社、工員8000人の賃上げを発表。時給で4・33ドル、年換算で9000ドルの引き上げ」、更にこれら動きに拍車をかけるように「全米自動車労働組合、週4日32時間労働を推進。米国はおろか世界中が注目」とのニュースまでもが出てきています。
これらダイナミズムを知るに連れ、かなり踏み込んで考察するに、本来、日系企業が持つ良い部分である雇用維持や勤勉性など重視する哲学というか世界観あるいは方向性といったものが今の米国トレンドからずれてきているのではないか?と思えてきた由。即ち今回の問題はこれまでとは異質なものに感じるとの意。ここに住んでいれば誰もが感じるように、働かずしてお金を得ることに対して人々が罪悪感を持ってるようには見えず、実際のところ額に汗して働いて得たお金でなければ尊くないとの古来よりの考え方もまた逆に重たく思えるほど。そこにハイパーインフレまでもが合わさって、「今は賃金は上がって当然」「本来はもっと上がるべき」と皆が当たり前のように思っている。話は逸れるが食べ物をテイクアウトする時でさえチップを払うのが当然視されるようにもなった。何だか急に常識が、と言うか人々の意識までも大きく変化したように思えてなりません。
次回はこのトレンドを生んでいるダイナミズムを人事的側面から詳らかにしていく予定です。
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企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第十四回 『退職・転職トレンドの終焉 (続き4)』
前回の「人事・備忘録」6月号掲載記事では、昨年流行語となった「大退職時代」を懸念し、人員確保が先とばかりに現職および新規採用従業員の給料額をかなり底上げしたものの、最近は彼、彼女らの職務達成度合に失望し辞めて貰おうと考える雇用主が増え、それに伴い弊社に米国内日系企業から解雇に絡む相談が高い頻度で寄せられていることをお伝えしました。
即ち、昨今の傾向に合わせて給与額を上げるのはやむを得ないとしても、その給与額に見合った職務遂行能力を得られていないと感じる雇用主が多いということであり、また転職して前職以上の給与を得ようとする者には以前の働きぶりのまま高給を得ようとする者もいるため、それなりの職務遂行能力を期待する新たな雇用主との間で齟齬あるいは乖離が生じてしまう悲しい現象が起きている由。
米国労働省労働統計局の発表では、6月の消費者物価指数ならびに失業率はそれぞれ対前年比4.8%/3.6%と出され、第二四半期に入ってからも目立った動きはありません。しかしながら消費者物価指数も失業率も指標として重要ではあるものの、発表者側の思惑によって恣意的に数値を使い分けるため、先行きが読めない今の時代にあっては、これら以外に最新のニュースからも世の中の動きを絶えず知るようにするべきでしょう。
例えば、4月〜7月のレイオフ関連のニュースを取り上げますと、小売りではMcDonald’s、Walmart、Best Buy、Whole Foods、WalgreensやGapなどが、配車サービスでは言わずと知れたLyftやUberが、金融・税理ではErnst&YoungやDeloitte、Morgan Stanley、JPMorgan Chase、Wells Fargoなどが、ITではMicrosoftやLinkedIn、Oracle、Spotify、Metaなどが、エンターテイメントではDisneyやParamount、MTVが、製造では代表的なところでTyson Foodsや3Mなどが相次いで大規模人員整理を既に行ったか、近々行うと発表していますが、これらはあくまで一部に過ぎません。
ここに取り上げた企業は総じて「これから来るリセッションに備えて」を人員削減の主要理由に挙げています。しかし、今なお収益が高いところもかなりあり、在米日系企業に関わる皆さんも一段と厳しい展望にて趨勢を占う必要がありそうです。
ちなみに、同じく労働統計局の6月の発表によれば、今年3月調べの私企業が支払う労働者総報酬平均は$40.79/hour。そのうち金銭報酬部分が$28.76/hour(全体の70.5%)、福利厚生部分が$12.02/hour(29.5%)とのこと。2020年6月時の総報酬平均$35.96/hourと比較すれば、物価高や人件費上昇が経営のかじ取りを難しくさせているのがわかります。
尚、前記事の末尾にて、今回「従業員の解雇」を取り上げると予告しておりましたが前置きだけで紙面を埋めてしまいました。あしからず。次回に続きます。
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ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第28回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(6)』
過去4回に亘って綴ってきた「従業員意識調査(以下:同調査)」は今回で最後となります。これまで、(1)従業員にいつどこで答えて貰うべきか?(2)質問量は?(3)回数または実施する間隔は?(4)設問の仕方は?(5)答えさせ方は?について取り上げましたが、前記事=7月22日号掲載=の(5)の答えさせ方において、従業員をして匿名で答えさせるか実名で答えさせるか或いは所属部署や部門までは分かるようにして答えさせるか?と問いましたが、これについてもう少しお話ししたいことがありました。
ご推察の通り、従業員が少ない会社であるにもかかわらず所属部署部門までも記入させれば彼彼女らは真実を言わない可能性が生じます。翻って、大勢の従業員を抱えた会社なら、設問の内容次第ではそこまで明かさせるべきかもしれません。さもないと懸念や問題または課題がどこの部門どこの上下間で発生しているかが不明なままになってしまうからです。事実、既に幾度も同調査を実施している企業では目的如何によって匿名式か実名式か所属部署部門を使い分けているところは多いです。
そしていよいよ最後は「(6)集計方法」についてです。過去の事例では、紙を用いた調査方法によりたとえ匿名方式であっても集計作業の仕方から誰が答えたかを凡そ推測できる故に従業員は協力的でなかった例などをお知らせしましたが、インターネットを用いた回答方式であってもそこから集計に至る過程で知ろうと思えばいつどのPCからアクセスして回答したかは探り得るので、そのような身元が割れるような懸念を従業員に抱かせることの払拭に努めねばなりません。その匿名性や公正さに努めるが故に企業サイズの大小を問わず同調査を第三者・外部業者に完全に委ねるところが大半なのです。
外部業者は事前に交わした契約条件から、回答された内容の開示は細かな部分まで行うものの、どの従業員が答えたかを特定できるような情報までを企業側に渡すことはありません。この完全匿名な方法である点を調査前に徹底通知し、従業員が如何様に答えようとも秘密は守られ報復は絶対にないこと、従業員の安全を企業側が確約すること、そしてこれらを出来れば従業員ハンドブックに記載してある報復禁止や内部通報・内部告発の項を添えることで従業員に安心して全て吐き出すように導くのが得策です。
そしてなんと、この従業員意識調査はその報告書とそれへ執った企業側の行動や措置の記録を積み増してていけば結果として御社が雇用関連訴訟に巻き込まれることを防ぐ有用な盾(証拠資料)ともなるのです。
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