ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第27回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(5)』
それ故これまでお伝えしてきたように、同調査を行うことを以って会社が本気で改善に乗り出そうとの姿勢それに従業員の言葉にきちんと耳を傾けようとの真摯な面持ちを全面に打ち出す必要があります。もちろん、調査結果で出た問題全てを解決すべきかはさておき、最初から腰が引けているのが丸わかりな状態で臨んだならば従業員たちの協力を得ることも叶わなくなるでしょう。本題に入ります。
(5)答えさせ方は?:これは何も難しいことを説きたいのではなく、要は、完全匿名で答えさせるのか、部署部門までは分かるように答えさせるのか、あるいは逆に実名を書かせた上で答えさせるのか、だけです。
僅か十数年前までは質問用紙を配って答えさせていたのが今では大半の会社がインターネットを用いた回答方式に切り替えており、ここでようやく従業員たちに「匿名記入」を信じて貰えるようになりました。というのも以前の紙を使った調査時に、質問用紙に番号が振ってあったり書いた文字の癖から本人を判別するなどの行いもあったようで、なかなか信じては貰えないどころか懐疑的ですらあったからです。
既に「(1)従業員にいつどこで同調査に答えて貰うべきか?」のところでもお伝えしていますが、給金が発生している就労中に答えさせるべきであり、各々の従業員が自分専用のPCを持つ会社ならばそこからアクセスさせれば良いですが、専用PCを持たない部門の従業員のためには調査専用PCを空いているスペースに調査期間限定で何台か設置することもするべきです。
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ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第26回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(4)』
今回も前回=5月27日号掲載=の記事に続きますが、企業が「従業員意識調査(以下:同調査)」を実施するには「注意と工夫」が必要であり、前回の記事では事前にクリアにしておくべきこととして(1)従業員にいつどこで同調査に答えて貰うべきか?(2)同調査の質問量は?(3)同調査の回数または実施する間隔は?を挙げ、とりわけ(3)の考察部分が重要だと説きました。そして今回は続く「(4)『設問』の仕方」について取り上げます。
(4)「設問」の仕方は?:今、管理職である皆さん方が部下たちについて、最も知りたい彼彼女たちの胸中は何処にあるでしょうか。
例えば、皆さん自身が彼彼女たちへの自社の待遇がそれほど良くないと分かっており、部下たちは給与額やベネフィットの内容を一番問題視している筈と思っているのか。あるいは、与えている職務が単調な作業や繰り返しばかりで彼彼女たちの向上心や愛社精神を育めずにいると感じているのか。
それとも、前々回=4月22日号掲載=に取り上げた「ワーク/ライフバランス」、すなわち在宅勤務の割合および働き方自体に不満があるのだろうと踏んでいるのか。それに常に接する同僚たちを好きになれず仕事に集中できないことに不満ありと感じるのか、はたまた、日頃から上司の業務手順やゴリ押し・独断決定に苦言を呈したり不満を漏らすことも多く、彼彼女たちに対する敬意が足りないと感じているのか、合わせて管理職レベルへの厚待遇(と一方的に思っている)が目立ち、対する彼彼女たち非管理職レベルの扱いが不公平…集約すれば「尊敬できない上司」…だと感じていると推し量るのか。
それよりなにより皆さんが根本的に知りたいこととして、彼彼女たちが職務量を多いと考えるのか少ないと考えるのか、働きたい(通勤したい)オフィス環境だと誇っているか、延いては会社自体を好きでいてくれているか、までも挙げられます。
以上、とりあえず思いつくことを列記してみましたが、これら上述の中からまたはこれら以外から、先ずは真っ先に知りたいことの焦点を絞り、次いでそこから細分化していく形で設問段階に入ること、そして個々の質問自体もできるだけイエスかノーかまたは5段階基準で簡単に選べるていにするのが肝要です。次回は「(5)答えさせ方」を取り上げます。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第25回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(3)』
前回=4月22日号掲載=の記事にて、大手企業や有名企業では「従業員意識調査(以下:同調査)」を活用しており、その中でも一部企業は頻繁に質問内容を変えて実施するほどだが、主な理由は部下達が如何なる懸案や不満を抱えているかを最も正確に知る手段である為。翻って、小中規模の企業は実施に二の足を踏みがち、その訳は同調査に協力したからといって従業員たちに過度に期待されては困るからというもの。それ故、実施には注意と工夫が伴わねばならないと締めくくりました。
今回は前回の続きとして、同調査を実施する上での「注意と工夫」を説きたいと思います。同調査を行う前に企業側がクリアにしておくべき事として;
(1)従業員にいつどこで答えて貰うか?:これはもちろん、従業員には真摯に回答して貰わねばせっかくの同調査が無駄になることから、宿題として家に持ち帰らせずに会社で行うべきです。即ち給金が発生している就労中に答えさせてこそ真面目に取り組む(答える)と考えるべきですし、賃金が出ない就労時間外に家でさせたところで雇用主側の「ケチ」さを見透かされ、呆れられるか或いはその浅ましさから逆に人心が離れていく原因にすらなるかもしれません。
(2)どれくらいの量の質問を設けて良いか・設けるべきか?:特に制約はありませんが50問までに抑えるべきでしょう。それ以上の質問を設けても集中力が続かず最大の効果が得られなくなってしまうためですが、似たケースにDMVのドライビングテストが挙げられましょうか。また、50問以下ならば1時間(の賃金)で済むはずです。
(3)回数または実施する間隔は?:これがけっこう重要な考察ポイントなのですが、先に述べた通り「従業員たちに過度な期待をされては困る」は、従業員側が同調査の実施を通常行う日常的イベントとは捉えず非日常、即ち非常時イベントと受け止めることから過度な期待もしてしまうわけです。従って定間隔で行うことが望ましいですし、たとえ初めての実施であっても、事前に「よりよい会社にするべく今後もこのような調査を定期的に行っていく予定でいる」ことをアピールしておいた方が良いかもしれません。但し、このようなアピールをするかどうかは真剣に検討されるべき。何故なら皆さんも経験があるでしょうが、ディーラーや航空会社から頻繁に送られてくるアンケ―トの大半にはうんざり気味。従って敢えて「1回こっきり」とするのか「定期的実施」をアピールするのか、また係る「強調度合い」は、全てその時々に考えるべきでしょう。
続く「(4)『設問』の仕方」および「(5)答えさせ方」、それと調査後の雇用主側の振る舞いや従業員側へのフィードバックなどについては次回に取り上げたいと思います。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第十三回 『退職・転職トレンドの終焉 (続き3)』
前回の「人事・備忘録」4月号掲載記事は、長い時間をかけて良好な関係を育んで来た筈の部下が、ある日突然辞めると言って来た時を想定し、対策を練り、準備も怠らず、また先手を打つべきと締めくくりました。さもないと貴重な人員が失われることになり、経営にまで打撃を与えることになりかねません。
米国労働省の一機関である労働統計局の発表では、1〜4月の消費者物価指数は対前年比でそれぞれ6.4%、6.0%、5.0%、4.9%と少しずつ抑制する方向に動いており、対する1〜4月の失業率の方は3.4%、3.6%、3.4%、3.4%と今年に入ってからも目立った変化はありません。一方で、全米ジョブオープニング数は1月以来少しずつ減って来ており、実際に雇用される者の数も(依然、多くはあるが)僅かに下がってきています。そんな中、IT業界では昨年来の大型人員削減の動きが止みそうになく、今年に入り実施された技術系就労者の解雇数は、現時点で昨年全ての技術系の解雇数を早くも上回り、更に5月時点で今後のレイオフ計画を公表する企業がまだまだ出て来る始末。(但し、毎月それらを少し上回る程度の雇用数があるため失業率に変化が現れにくい)
また最新の給与情報では、大方の調査にて雇用主のおよそ半数以上が「昇給率は3%を超えるだろう」と回答するものの、4%台には達せず、今年全体の平均昇給率は昨年より低くなる見通し。加えて5%以上の昇給を考えている企業は現時点でおおよそ10社に1社程度しかなく、時が経つに連れ、今年度の予測値が少しずつ下がって行く感がある。従ってこのまま進めば、たとえ昇給があったとしても多くの人の給与額は物価の上昇に追い付けそうにありません。
他方で、昨年を指す流行語「大退職時代」との言葉に不安を覚え、現社員の給料をかなり底上げした企業や、何をさておいても人員確保とばかり積極的に新規採用した企業の多くに早くも弊害が出始めています。
IT企業大手は、これまで潤沢な予算にて優秀な人材を先ず以て多めに採用し、後になって余剰とわかれば辞めて貰うことを繰り返す傾向にあったため、同業界のレイオフのニュースばかりが目立つ。このことを差し置いてみても、最近採用した従業員の職務遂行能力に疑問を感じ、辞めて貰おうと考える企業が多いようで、斯くいう弊社にも日系企業から解雇に絡んだ問合せが増えているのが実情です。
次回はその「従業員の解雇」に関する一切ならびに注意事項を扱いたく、予定します。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第24回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(2) 』
前回=3月25日号掲載=の記事では、部下も一個の人間である限りお金も欲しければキャリアも積みたい、更には居心地よい(だけの)今の職場のままで良いのかとも煩悶している筈、それ故、上下間の信頼関係がたとえ盤石に違いないと思ってもそれが単なる自身の思い込みではないのかと、現状を機に今こそ上司のあなた自身が自省するべきと締めくくりました。
もちろん自省段階で収めず、上司として、部下達が如何なる懸案や不満を抱えているかを知り、彼彼女達の(内々の)転職活動を思い留まらせるよう施策を講じるまでに歩を進める方が上策ではあります。
このような場面での解明策の一つとして企業間では「従業員意識調査」なるものが知られており、事実、米系有名企業や大手日系企業ではこぞって取り入れられているのが実情です。こちら米国ではEmployee Climate SurveyあるいはEmployee Satisfaction SurveyやEmployee Engagement Surveyと呼ばれ、日本だと「従業員アンケート」や「従業員満足度調査」との言葉が当てはまりましょうか。この「従業員意識調査」は1回の実施で完遂する類ではなく、米系企業などは従業員が抱える問題や悩みを最も妥当に且つ正確に知る手段として毎年のように焦点を変え設問内容を変えて実施しているほどです。
例を紹介しますと、「転職を考える理由」の調査では、或る会社側が予測した上位二つは「より良い福利厚生プラン(28%)」「より良いキャリアアップの機会(28%)」でしたが、会社側の予想に反して従業員側の上位二つが「より良い報酬(53%)」と「節度あるワークライフバランス(42%)」でした。
また「大退職時代に多くの同僚が離職したあとに残った社員」を対象にした或る広域調査では、従業員の55%が「自身の給与額を疑問視」・52%が「より多くの職務と責任を抱えることになった」と回答、これ以外に「職務を遂行するのに苦労している(30%)」「孤独・孤立を感じる(28%)」「組織への忠誠心が低下(27%)」でした。
会社上層部の思い込みと従業員側の悩みが異なると分かることこそが同調査を行う意義または価値ともいえますが、果たして上司である皆さんの思い込みは的を射ているでしょうか。そしてここ数年のパンデミックで暮らし向きや働き方に対する考え方が大きく変わってしまったものの、これが収まってきた今は部下の考え方に如何な変化が現れているかを新たに調査してみるべき時だとも申しておきます。
唯、同調査がこれほど認知されているならば小中規模の企業にまで広く普及しているだろうと思われがちですが実際はそうなっておらず、その最大の原因は意識調査に答えたからには効果がある筈と従業員側が思い込むのを厄介視する会社側が実施に及び腰な為であり、意識調査の導入が延いては「従業員側の悩みが解決する」「要望が通る」ものと過度に期待されては困るというもの。それ故、実施には注意と工夫が伴わねばなりません。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第十二回 『退職・転職トレンドの終焉 (続き2)』
「人事・備忘録」の今年1月号掲載記事は、暫く加熱していた昇給スピードが今後冷却段階へと移る筈との予想を述べて締めくくりましたが、これに絡んで労使いずれも興味をそそる記事を3月14日BLS(労働統計局)が「今年の昇給?…予想するより低いかもしれません」と題し給与調査企業の見解を引用して出しました。
「企業は依然として従業員の給与額を大きく上げ続けており、調査対象企業の半数以上が3%以上の昇給を予定していると答えるも、但し5%を超える大幅な賃上げを行うと回答した企業はほとんどなく、これは今まで5%以上だった昇給平均が4%〜5%の範囲内にまで下がることを意味する」です。
しかしながら概して米系企業は給料が高く、対する日系企業は長い年月をかけてある程度まで追いついてきたものの特定のポジションを除いて未だその水準にまで達していないことから、この鈍化してきた昇給速度あるいは昇給度合いの情報を鵜呑みにして倣うべきではありません。これは何も給与高の良し悪しを衝いているのではなく、給料値が低かろうとも現に今も多くの人達が日系企業で就労している事実から某か別の魅力があるにちがいなく、自社が他社と給与額で競えないと思うのであれば今ある誇れる部分を現従業員ならびに今から雇う者達に対する「売り込むべきポイント」として一層の磨きをかけるべきでしょう。
それはさておき、昇給スピードが鈍化して来たことは、全米ジョブオープニング数が少しずつ減り、また大手企業群による大規模な人員削減策によって失業率が少しずつ上がり始めたこと、加えて米経済が景気後退局面に入るのを見据えて多くの企業たちが雇用すべきポジションとオファー給与額の再検討に入ったことから全てが抑制の方向に転じた結果に他なりません。
加えて、消費者物価指数の方は、昨年の常時8%超え、中でも6月が9%超えだったことと比べるとまだ高くはありますが、12月が前年比6.5%、1月が6.4%、2月が6.0%と最近は落ち着いてきた感があり、暮らし向きを心配する人々および彼・彼女達の給料をどうしようかと気を揉んでいた企業をして少しは安堵したことでしょう。
但し、天塩にかけて育てて来た(と思っている)筈の従業員が或る日突然辞めると言って来た時を想定し、その場にて彼、彼女達を如何に押し留めるかどうやって翻意させるかを、今から幾つもの対策を練って準備はしておくべき、延いては先手を打つべきではあります。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第23回 『雇用維持と採用促進策「部下に刮目(1) 』
前回=2月25日号掲載=の記事では、働き手側の意識が変わった今、入社間もない時期ですら簡単に辞めてしまう風潮ゆえに企業はやはり採用時の面接を重要視せざるを得ないと締めくくり、反面、面接重視のあまり自社を現実以上に高く売り込んで失望されればそれこそ元も子もないとも付け加えました。
ところで皆さんご存知のように、3月2週目後半から米国や欧州の諸銀行の取引停止や破綻を報じるニュースが流れ始めました。予兆として昨年末には既に今夏以降リセッションが始まると報じられてはいたのですが、中には景気後退の間を置かずして一気に大不況が訪れると持論を展開するアナリストまでおり、市井の多くの人々を不安に陥れています。
一方で時同じく3月2週目終わりの各州統計の結果から経済評論家たちは、新年明けにレイオフを発表した大手企業が多くあるにもかかわらずそれら大型削減が労働市場に然したる影響を与えず今も失業率が非常に低いまま推移しており、人手不足が依然として相当逼迫した状態にあることを強調しています。
幾多もの米民間統計結果では生涯を通じた転職回数が平均5~7回と出ており、これは米労働統計局が「平均的労働者は50歳迄に10以上の異なる仕事に就くが、この数は今後更に増加する見込み」と調査結果を発表していることからも決して誇張されたものではないのですが、これは即ち、皆さんの部下達の転職活動は今後も活発に行われ、そこそこ多くの者が新たな就職先からオファーを貰い、すぐに新しい仕事を見つけるであろうことを意味しています。
この簡単に辞めていく原因を考えてみたのですが、先ず、少し前の日本的思考「生涯一企業に勤め続ける」との考え、これは米国はおろか日本でも今や通用しないことは皆わかっている筈ですが改めて今を以って捨て去るべきです。「まぁ世間はそうだろうが、私の部下はそうじゃない」と思い込みたいのは理解しますが、だからこそ敢えて念押ししたのです。何故なら、そのように思うことこそが隙あるいは油断を生むからです。
もう一度言います。信頼関係が醸成された上下関係は簡単には崩れないと信じたいでしょうが部下も一個の人間、生活もすればお金も欲しければキャリアも積みたいと思っている筈。また今の居心地よい安寧とした惰性のままで果たして良いのかとも自問している筈。当たり前のことですが、部下は仕事に満足しているだろうか? お金は? やりがいは? と常々注視する姿勢こそが彼ら彼女らの秘めたる転職活動を阻止し得るのです。次回はこの現状を省みて考えれば皆さんの企業にもチャンスがあることを考察してみます。
企業概況ニュース 掲載 「人事・備忘録」 第十一回 『退職・転職トレンドの終焉 (続き)』
「人事・備忘録」の昨年12月号掲載記事では、2020年の平均昇給率が調査機関によって多少の差はあるものの、過去3年は毎年安定して上昇してきていること。但しこれらの数字はあくまでも昇給率「予算」の平均値であり、全員あるいは全職種が上がっているわけではないこと。それに単純に足していけば3年で13%ほど上がっている計算になるが、人手不足の職種を除いて世間が思うほど給与が上がっているわけではなく、横這いかむしろ下がっている職種すらあること。以上について触れました。
但しそうは言っても、昨春すなわち2022年2月から4月に出された連続インフレ率9%超と言う数字ならびに、昇給率までもが10%を超え続けたことに誰もが驚き、経営者たちは当時「社員達の給料はどうするのが良いのか…」と狼狽したに違いありません。
ところで日本から来られたばかりの方は、部下の昇給時期になると必ずやインフレ率を知りたがります。「インフレ率=物価上昇率」を計るには消費者物価指数や企業物価指数がありますが、特別な目的以外は消費者物価指数を用います。そのインフレ率ですが、日本では給与上昇値の最大要素として多くの企業が横並びに採用しており、また春闘の結果を参考にすることも慣例になっています。ところがここアメリカの場合、インフレ率と賃金上昇率の関係性は一切ないとは言わないものの、日本ほどの相関関係にありません。
◇◇◇◇◇
ところでそのインフレ率と賃金上昇率ですが、昨年フォーブス誌上に「昇給率は何故インフレ率に追いつけないのか?」との興味深い記事が掲載されました。その記事曰く、「継続して深刻な人手不足と大退職の影響が出ているにもかかわらず賃金上昇率はインフレ率までに達せていない。両者は一般的に同じ方向に動く傾向にあるものの、全く異なる要素によって計られる。即ち、インフレ率は商品の市場価格の変化を表す一方、賃金上昇率は人口動態・労働参加率・技術の進歩・生産性など労働力の需給の変化によって計られる。例えば、過去最高のインフレの年だった1979年は米国のインフレ率は13.3%だったが賃金上昇率は8.7%とはるかに低かった。逆に2001年の米国のインフレ率は1.9%だったが、2001年と2002年の賃金上昇率は4%近くとかなり高かった。このことから低インフレ年は従業員に有利に働き、高インフレ年は従業員に不利に働く傾向がある。」とのこと。
以上のことから極度にインフレ率を追う必要はないとも言えます。また、ここ最近のニュースで、全米不動産協会による2022年の中古住宅販売戸数が8年ぶりの低さで2008年以来の低水準だったことや、今月1月に発表された大手IT企業の連なった大型解雇の発表を見ても、余程の酷い労働環境でないならば今後は逆にここ暫く加熱していた昇給速度を冷却に転じさせる時期になるのかもしれません。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第22回 『身上調査における「危うい無知」(5) 』
前回=1月21日号掲載=の記事では、新たに人を採用する際のスクリーニング行為は企業を守る当たり前のプラクティスであるにもかかわらず用心に用心を重ねなければならなくなった現状を採用手順や関連法に照らし合わせつつ取り上げました。
では、そのように企業に災いをもたらすかもしれない面倒な採用手順ならばいっそのこと省けば良いではないかあるいはもっと簡素化すれば良いではないか、即ち訴訟沙汰を避けるべく本来必要とされるスクリーニング行為の一切をすっ飛ばして即採用すればどうか! と考えるかもしれませんが、それはそれで合法的な面接や各種チェックを実践する以上の問題が生じることは明白です。
あるいは暫くの間は派遣スタッフとして用いて様子見し働きぶりや人となりを直に観察してから判断するのはどうか? との窮余の一策もまた誰もが一度は考えることでしょう。
しかし最初から本採用とはせずに派遣で働いてくれるような特別な事情を持つ者が果たしてうまく見つかるかどうか? 仮に見つかったとしても貴社が望むスケジュールで働き続けてくれるか? 派遣スタッフから本採用にした途端に希望給与額やベネフィットが合わず他社に転職しない確証はあるか? これらに今の人手不足の実情を加味して鑑みれば成功確率が極めて低いことはわかりますし、他方の、スクリーニング手順を飛ばして採用する手段をとった場合、訴訟リスクは確かに減るかもしれませんが、一方でその者が果たして適材適所足り得るかを入社後の短期間で見抜くのは至難の業でしょう。
またこれらに加え、スクリーニング手順を省いて採用した者でも企業側が気に入るケースは稀に見られるのですが、その当人がある日すっぱりと辞めてしまうことが通常以上に起こるわけです。要は「手順を飛ばして雇ったのが会社なら、我が方もいつでも気兼ねなく辞めて良いわけだ」とでも自己解釈するのでしょう。
とりわけ2012~14年頃のリーマン・ショックから回復時の買い手市場の当時は、優秀な人材を割安な報酬で採用して得意がっていた企業でも景気が良くなるに連れ「実は本来したい仕事ではなかった」とか「給料が低すぎる」との理由で早い時点で転職した者が多く出ましたし、もっと遡れば1980年代の求職者1人に多くのオファーが殺到した日本企業の米国進出ラッシュによる完全売り手市場だった当時は、求職者側が企業の採用担当者がつむぐ良い言葉に釣られて入社したものの失望して数カ月で辞めてしまうことが多々起こりました。
これらの如く採用がうまくいかない理由の全てが面接を含むスクリーニング手順の軽視にあるとは言いませんが、やはりそしてだからこそ重要視されるべきでことは理解して頂けると思います。そしてコロナ禍を通して多くがライフスタイルを優先し尚且つ先進国の出生率が軒並み鈍化していく時代にあって売り手市場や買い手市場問わず働き手側の意識が変わった為、「自分のやりたいこととは違った」「この会社での将来性を描けない」「会社の縛りがきつすぎる」などの理由を挙げて少しの間ですら我慢せず簡単に辞めていくことに拍車がかかる時代になったと言えるでしょう。
ニューヨーク Biz! 掲載「HR人事マネジメント Q&A」 第21回 『身上調査における「危うい無知」(4) 』
前回=12月17日号掲載=の記事では、企業側がせっかく採用時に行うことにしたバックグラウンドチェックも、調査結果を理由に不採用とする場合は求職者に対して2段階の通知手順を踏む必要があり、これを怠ったならばそこを突かれるかもしれないと述べました。
それら2段階の通知手順とは「pre-adverse action notice」と「Adverse action notice」を指しますが、事実、過去にはこれら手順自体を省いたり、怠ったり、或いは手順は踏んだものの交わすべき文書に絡んで違法行為があったことなどから企業側は痛い目に遭っています。
たとえば皆さんもよく知るDisneylandやWalmartはそれ以前の調査同意の段階で同意書の内容に不備があったことやpre-adverse action noticeを出さなかったことから、あるいはWHOLE FOODSはpre-adverse action noticeの通知文書に盛り込んだ内容に違反があったことなどから求職者側から訴訟を起こされています。
より深刻なのは、これらバックグラウンドチェックに絡んだFCRA(Fair Credit Reporting Act)違反行為のみを問われた場合はペナルティーがそれほど高額ではないものの、これらに加えて差別行為までをも事実認定されたり集団訴訟されたりした場合には高額訴訟のケースに発展してしまうことです。
但しこのような訴訟ケースは2015年頃までは頻発しましたが、さすがに企業側も学習するのでそれ以降に大きなケースは出てきていません。また調査会社の方も利用客に対してきちんとした手順を踏むように喚起・指導してきたことも良い方向に作用してきています。
唯、数ある調査会社の中には言い方は良くないですが探偵くずれのような会社や調べ放しでアフターフォローのないところもあり、従って皆さんも求職者のバックグラウンドチェックや薬物アルコール検査を実施することにおいて調査会社を選ばれる場合には、求職者のバックグラウンドを調べたいとの第1の理由は元より、コンプライアンスの面からもその会社が「Professional Background Screening Association」に属しているかなど信用のおける会社かどうかを最初に確認されるべきでしょう。
バックグラウンドの話はここまでにしておきますが、その他にも、クレジットチェックできるポジションは絞られ、犯罪歴確認も2次面接以後または条件付きオファーレター提出後に制限、給与履歴は質せず、更にはオファー給与額を予め提示しなければならないなど、採用活動においてはとりわけ弱者側である求職者を守る制約が嵩んでおり、そこに州によるマリファナ合法化の動きも手伝って、採用時のスクリーニング行為は企業を守る当たり前のプラクティスであるにもかかわらず注意の上にも注意を払わなければならなくなっている次第です。